『英雄三国志』

歴史の中の生をテーマとした作品は数多くあると、拙者は考えています。なぜか。それは、人間は自分と同一視できるものに、共感するからです。

最近で有名なところと言えば、泥臭いまでに生を書き連ねる北方謙三先生の三国志ですが、柴田先生の三国志もそれに劣らず、生をテーマとしていたかと思います。

ただし、方向性は両者でかなり違っていましたが。

全六巻を読み終えて、強く感じたのは、柴田先生の三国志は、若き頃の栄達と、老いてからの衰えとの戦いに主点が置かれていると言うことでした。

劉備も、曹操も、諸葛亮も。若き頃の、ほとばしるような生命エネルギーあふれる英雄として書かれて。そして年老いてからは、衰えていく能力と相談しながら、必死にそれにあらがっていく。六巻に入ってからは、若武者として有名な姜維でさえも。

それは決して死を賛美しているのではなく、衰える自分との必死な戦いを描き抜くという、とても悲劇的なものであったかと思います。

考えてみれば、三国志がこれほどに人々の心を打つかと言えば、その悲劇性にあるかと思います。たとえば、蜀が一方的に勝つ「反三国志」なる作品もありますが、これは評価が著しく微妙です。衰えと戦い、滅んでいく英雄の悲しい生を書いている柴田三国志は、原作の美点を独自に咀嚼して、昇華させていると言えるのではないでしょうか。

まあ、無意味な性描写とか、あちこち面白いところはありましたが。三国志演義を中心的な原典としながらも、その矛盾点を巧みに補強しつつ、生を書ききった柴田三国志は素晴らしい作品だったかと思います。また、数少ない諸葛亮死後の三国志を丁寧に書いた作品としても、注目したい作品です。

良い作品でした。最後まで読み終わって、そう感じました。さすがは巨匠の作品。ただひたすらに凄い作品でした。